itomanoma

7年半の会社員を辞め、31歳単独フリータイムの心の変化を記録します。暇(itoma)の間(ma)?

自分の「すき」は、創造のエネルギー。わたしは弱い。けどときに弱さすら自分の武器になる。

今日は全然仕事できなかった。

今日本当はたくさん進めなきゃいけない日で

今日やらなきゃ苦しいこともたくさんあったんだけど、

できなかった。体が心が、休んで〜って叫んでた。

友達が仕事終わりに今の地元に飲みに来た。

 

わたし、一番のクリエイションは、いまいる自分の現実だと思ってます。思うようになりました。

 

創造って、実は別にクリエイティブな環境にいなくても

みんなすべからくもうしていることです。

思ったことが自分の現実に現れています。

 

不安、焦り、支配、強要

そういうところを原動力にして何かをするのは

今にいると思っていてもそれはまやかしの今らしい。今もどき笑

 

私は本当に弱くていつもだめで、すぐぐるぐるしちゃうし。悲しくなったら悲しみから抜け出すのにもたくさん時間かかってしまうし。

できないことの方が圧倒的に多くて

笑いたいのに笑えないことも多くて

大打撃受ける経験あるとうわーんってすぐ鬱っぽくすぐなっちゃうし。けどたちあがるけどそりゃもちろん。

だけどまあもうそれでもいいのかなーと。

一個の生命体としての個体としてもなんか弱くて(弱いこぶりっ子したいわけじゃないんだよ)ストレスは自分で意識する前にいつも先に体が教えてくれる。(ことばに弱いもんで。先に体が教えてくれる。。)

一般からしたら体が小さいのもアレルギー体質なのもお酒分解できないのも、免疫力弱るとすぐダウンするのと、いっぱい寝ないとチャージできないのも。

いろいろ体が不調を訴えてくるのも大事なメッセージ。

そもそも一個の生命体の目で見た種として強い個体じゃないんだろうなあと本能的に思う。

 

笑いたい時にしか笑えないやーつ、も。

でもまあそれでいいんだ。個性。いつもニコニコ憧れるし練習した時もあるし笑 けど。

頑張って笑ってる時悲しいかなすぐ指摘される。泣きそうな笑顔だよと。

でも表情で嘘つけないから案外結構信頼されてる部分もある笑

でもできない分、うまく笑えてる人たちの下の気持ちわたしからすると絶対見極められないしわかんないし。

あなたのこと知りたいんだからむしろ笑いたくない時笑わないでよ、とすら思う。

 

けど今日友人に言われたのは「あなたは生きるためにそこを身につける必要ないところにいたからそのまんまできっとこれたの!わたしの笑顔は単なる癖で。言ったら笑いたくないときにも笑ってしまい逆にコンプレックス」と。

身に付けたいからできてる友達に聞こうと思ったらそんなひとこと。逆に辛いときでも隠して笑顔に慣れきってることがその子はコンプレックスらしい。

ほう。

 

自分のよいところは結局いつでも前を向いて進むとこ。

思い込む時は予防線なんて貼らず信じてとことん思い込むから、

その分傷つく時は思い切り傷つくこと。

自分がポジティブだって感じたことはないけど、前向きは自覚ある。

失敗からも学ぶ。ミスからは苦手を学ぶ。できないことからは頼む部分を知る。

今見てる目線がいつも自分の前だと思ってるから多分自分には前しかない。

後ろ見たらそこがその時の自分の前になるし。

後ろに歩む感覚ない。見た先が前。あとずさりはある。

 

世界旅行に行こうとした時、

わたしにウィンドブレーカーやら旅に必要な装備やらをいっぱい買い与えてくれて「行ってこ〜い(ゆるい)」をくれたお父さんみたいな人が現れた。イスラエルからやってきた人。心のあったかい本当に私を娘のように扱ってくれた人でした。元気だろうか定期的に気持ちを馳せる。実父より先に手料理をふるまった若かりし頃。

 

会社辞めた時、

「自由か。じゃあ手伝って!」と大きな信頼をもたせてわたしの制作部分もいっぱいひきあげてくれる先輩が現れた。

ヘッドピンというか、その方と仕事してるならあいつ使えるよ、との口コミから舞い込んできたまた別の分野で信頼おける先輩からの仕事も舞い込んできた。

 

かなしいとき、

心を軽くしてくれる友人もその都度その都度おかしなくらい存在してくれた。ありがとう。

友人との繋がりは気にかけあうかけがえのない存在として力強く増す一方。つぶれそうなときはとくにそのありがたさを改めて実感する。

 

新しい行動したいとき、

なぜだかわりとその後押しとお手伝いをしてくれる人、その都度その都度現れた。自分が決めてからだけどね。

自分の行動エネルギーにつながるとても大切な存在。

相手はそんなつもりないだろうけどそんな人がいてくれたからこそ実は動けた自分をつくれた実感。これは本当にすごくて、「自分でやれよ」というアドバイスを行動でしてくれる存在。「あなたを助けるよ」より、「あんたの自分でやれる力をひきだすよ」というもっともっと高いレベルの存在です。

「お前は本当はもっとできる力を持ってるんだよ」を教えてくれる存在。

 

 

で、こないだ、わたしの弱みもがんばりも、私の個性も情熱も成長も長年かけて全て見てくれてる同じ仕事の先輩に言われたことは多分またこの先一生忘れることはないんだろうというひとことだった。いつもわたしはその都度誰かがいたから頑張れた、成長できた、やってこれた、引き出してもらってたからこそできたんです、というと。

 

「でもね、それはそもそもはお前が創り出してるんだよ。誰かからもらったからできたのそのエネルギーも実はもともとお前が持ってるからこそなんだよ。だからできたんだよ。相手はその内在してる力をひきだしてくれたきっかけに過ぎないよ。そのときも今も。だからまあ結局のところはいつでももっと幸せにいてくれる姿を見せてくれるのがいちばんのこちらの幸せなんだよ!(親か!)」と。

 

「あのね、つらいことがあるときでも悲しい顔しなきゃいけないなんてことなく関係なく楽しいことしていいんだよ。」

これはものすごく落ち込んでた時9年前くらいに言われたことかな。

それも忘れられない。

メンターなのかはわからんが、

でも、そんな師とことばに巡り会えたことすら自分の創造の一部なのだそうです。

んー奢ってるわけじゃないんです、わかるかな。

 

その先輩に限らず

あの人も、あの人の忘れられないあの一言も

あの出会いも、あの経験も。自分に影響を与えてくれた存在。

自分を変えてくれた存在。自分の行動力にエネルギーを与えてくれた存在。

そんな周りの人々たちを。

今は会えない人もいるけどそれを自分の人生の中に創り出した自分。

そんな人たちとの時間を過ごしてくれた相手に対する感謝は尽きません。

 

でもそんな今までの本当に大事な出会い一つすら偶発的でも必然的でも

自分の世界の実は自分の「創造」の中の一つなのだと思います。

 

創造してない人はもうすでに存在しないのだろうと思う。

けど、やっぱり素敵なセンスは大事で。

それにはこれが好き!これは嫌い!これはかっこいいよね、これは超ダサい!という好みが存在するから。モノサシは完璧個人の感覚だけど。

ださい・センスいい・すき・きらい・本質・薄っぺら・純度・濁り。

多分自分もセンスは悪くない方だと思ってるんだけど、でもまあそれすらも自分の物差しだから私のこだわるとこどうでもいい人いっぱいいるはず。

けどやっぱ自分が好きなもの作りたい。

そんでせっかくするならセンスの良い失敗いっぱいしていこうー!と思ってる。

たくさん失敗も大事だね。

 

やっぱわたしは制作側なんだなーと今日話してた友人との違いを実感しておもった。でももう仕事でやるのはつかれてきてるなー。

けどこの創造を、仕事の枠だけじゃ物足りないんだとも最近実感している。

むしろ仕事じゃないとこでぐんぐん使っていきたい欲。んーことばじゃうまくいえないな。

もうがんばらない。がんばりたくない。

笑え・笑え・笑え。心の底からのやつ。

 

んーつかれた笑

吐きどころとしての乱文のままの羅列。

少し弱ってるのかもしれません

闇が見たくて光が存在する。大きな光があるほど大きな闇に遭遇する。

闇の部分も取り入れていこうと思います。

 

きっとわたし、こわいもの見たさみたいな好奇心が強いタイプなのかもしれないわ😎という自分を知りました。やけどは嫌よ、ほどほどにね。と、自分に思う。

光を知りたいし闇を知りたいし。

人情の中にいるし反面裏切りもかいまみたのかもね。

とかなんとか。だいぶ長文でした。

じこまん。

 

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6/25 仕事の大きな山場前でかなり弱り気味の時の記事🙄

けどそういうときしか感じられない、きづくことのない、感覚はたくさんあるよね。喉元過ぎるとほんと思い出そうとしても難しい。

そんな議事録。