itomanoma

7年半の会社員を辞め、31歳単独フリータイムの心の変化を記録します。暇(itoma)の間(ma)?

「幸せ」より「充実」なのかも。あとはホッとする瞬間を数えていくこと(^^) すきなこと。

わたしが実は欲しいのは?

知らないうちに求めてたものは?

「幸せ」よりもこころのかんじる「充実」なのかも。

 

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「充実」とは、いつでも明るく、甘くとろけるような場面で生まれるものではありません。そこにはきっと緊張があり、苦労があり、でも喜びや楽しさも含まれている。そして要素のひとつには、もしかしたら「幸せ」も入っているかもしれません。

 

今のところわたしがもっとも信頼し好むことができるのが、この感覚なのです。

 

けれども最近孤独の中にばかりいることに、一種の居心地の悪さのようなものも感じはじめました。「充実」こそがわたしの求めるものであるとするならば、状態はいくらでも移り変わっていいものです。

 

29回目の夏とその先をぼんやり想いながら、もしかしたら充実のカタチが変わってゆく時なのかもなぁと、予感めいたものを感じました。

 

そしてその過程で、「充実」の中にある「幸せ」というものがようやくわたしのものとして、鮮明に浮かび上がる瞬間もあるのかもしれません。

 

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これは今日出会ったテキストの引用。

でも同じ感覚がすごくあった。

 

 

あさってから鹿児島に行くんだけど、

その前後で急遽舞い込んできた仕事がもうたいへん😂たいへんだよー!

あしたの午前0時までにそれまでに仕上げる仕事して、仕上げて0時ごろ先輩事務所に待機し打ち合わせしてそのあと数時間で早朝成田空港へ向かい鹿児島へ。

 

こんなはちゃめちゃな時間軸の仕事の仕方はこれで最後にしたい。。のが本心。。

 

でもそんな中で育てられ、今もあり、

だけどつらいのならひとつずつ軽くしてかなきゃいけない。自分の選択を。

 

イラストを描いてるよ。(責任重大)

平行してページもののデザインしているよ!(責任重大)

オペレーター的な作業(半ば瞑想時間しながらお金もらってる仕事)も、してしているよ。

 

なんでかな、なんでかな。

わたしはすぐに昔のできてたことや、やれてたことや、いろいろなことを忘れてしまうのだけど、気づいたら前求めてた自分の生きたい居場所にちゃんといるんです😞

でもそれに気づいた時にはもうそこにいないんです。次に行ってる。

 

けど、そんな自分の生き方にときおり不安になってしまう。

だから、そんな時間を経てから思う今は、本当に心が求めてることは「ホッとしたい。ホッとしたい。」

もともとそんなにアグレッシブではないのは明確なのに!でもこんなに安心を求めてるって、知らなかったんだ!

だって多分ね、もともとは知らないうちにそこに居たの。ホッとできてる環境があったから動けることがたくさんあって、それでたくさん動いてきていた。

 

でね、知るも、経験するも、

そのタイミングも。

 

年齢や遅い早いもおそらく関係ない。

したいと思ったときがタイミング。

興味を持ったときもタイミング。

動いたときがタイミング。

動けない時期もタイミング。

 

いつも、いつも、im doing very well! と自分に言い聞かせています。いっぱいしてきたし、誰かから見たらいつも怒られたり時間軸でいうと遅いらしいです。

今は少し疲れていて少し不安定なのかもしれないです。

 

家は暮らしの宝石箱でないといけない、からその空間づくりはずっと続けていて、すくすく育つ植物たちがいいかんじ(^^)

同時にわたしがいまやれていることは、はたまた普通にしてたら出来ないしコミュニケーションも含め価値ある身につけてきた技術なのだよと、尊敬する先輩とも話し合う。

 

ゆっくりとか、早いとか、

正しいとか間違いとか、白か黒か、

そんな基軸はわたしにとっては本当にどうでもいいことです。

大事なのは日々のグラデーションと、時に曖昧だけど、そんな機微。良くも、悪くもないこと。

「正義」をふりかざす人は苦手です。