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itomanoma

7年半の会社員を辞め、31歳単独フリータイムの心の変化を記録します。暇(itoma)の間(ma)?

わたしの人生も、きっとひとつのバトンということ。最近思うこと。

不思議なことやたくさんのいい流れのことが起こる毎日。

トラブルやうまくいかないこともまああるけど。

 まあどこを見るかっていうのが重要なわけで。

 

そんな中、最近思うことがあります。それがタイトルの通り。

 

最近、わたしの人生もきっとひとつのバトンなんだなあという思いで生きてるようになりました。

 

生きていると悲しいこと怖いことや傷つくことや失敗や騙し騙されること嫉妬や不和、いろいろあるけど。

自分の中身の気持ちだけは綺麗なまま、優しさや熱量や思いやりを持ったまま、保つこと。

わたしの人生として持たされた限られた時間をわたしなりにできるところまでやることをやって向上し磨き続けてる道を選び続けること。

そして「わたしなりに」が大事。 

 

そして死ぬときに何の悔いもなく「わたしのもらった人生でやれるとこまでやったー綺麗なまま持ち続けたよー!あとは安心して任せたー」という気持ちで誰かにこのバトンを心置きなく託す気持ちで死ねたら良いのだと思いました。

そんな生き方がいいなと思うのです。

その充実感も自分だけがわかれば良いことなのかなとも思います。

 

できる限り綺麗に保ってたくさんがんばった状態のバトンを受け継いだ人は、

その状態からまた人生がはじまり、そしてそのベースからまた新しい学びや挑戦や取り組まなくてはいけない課題に向かうのでしょう。

 

だから、極論、わたしの人生も、次にこのバトンを受け取る誰かへ、生まれてきた時のベースの底上げを考えて死ぬまでやろう。

という気持ちで生きています。

達成したい目標がたとえ達成しなくても、

最後の時間までちょっとでもちょっとでも近づけていくことが意味のあることだと思っています。

 

わたしの人生はわたしのためだけに頑張るんじゃなくて、

わたしの次に受けとる人を想って、笑顔でやりきった感をもってわたせるように

磨いて生き続けようと思います。

そうすると「何かを始めるのに遅すぎることはない」ということが本当にその通りになります。年老いてからはじめることも、挑戦することも、自分の人生ではやりきれなくても、すべては次の人の糧になります。

 

なので、今回わたしの持たされた限られた時間の中では

今自分にできることや特性を可能な限り挑戦、活用、成長、向上させていって。

今の「わたし」が好きだったり興味のあることに対してとことん命を使うことが

わたしの人生に任された担当部分を全身全霊で全うできる生き方なのだと思いました。

 

そしてまた違う特性を持った人のところにバトンをつないで

わたしが担当しなかった部分をきっと向上させていくことでしょう。

 

底上げされたベースの状態から誕生してもっとよくなっていく。

そうして少しずつ、今よりほんのちょっとでもいい世界が出来ていけば良いのだと思いました。

 

自分の中を綺麗に保っていれば見える世界も美しい。

これからまだ人生も長いけど、そんな目線をわたしとその次に受けとる誰かのことも思って保ち続け、更にたくさん挑戦したり愛あるやりとりを増やしたりしようと思うのでした。