itomanoma

7年半の会社員を辞め、31歳単独フリータイムの心の変化を記録します。暇(itoma)の間(ma)?

ひとまず終わり^^

こちらの記録もひとまず終わり。

 

なんかおかしなことが起きてる!!

このひっそりブログ、誰がみてるんだろう。

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まあいっか、さておき。

 

 

先日、初めて会ったとても素敵な方に、

顔見られて早々「あなた見てると、旅のイメージばかり連想される!どこかで会ったっけ??あなたはヒッピーでしょ!」と言われて  えぇー、あれまー、(ヒッピーではないけど)なんでーまたそんなー、と思った出来事。でもあんまりわたし、旅できてないよ。したいけど。

 

なんか雰囲気が「ぽい」ってゆう漠然とした表現なんだろうけど、ヒッピーは性とドラッグがなんとなく紐付いてくるからボヘミアンのほうがすきだ。セージの香りはとても好きだ。

 

でも前にも一度「〇〇ちゃんヒッピー!!」って強烈に言われた社長にいま拾われて、いざ入ってみたら、すごくちゃんとしてる会社で。(それをよく雇ってくれたな、と、しみじみ思っているところ。)

 

ボヘミアン!!」

「マシュマロ!」

オパール!!」

 

とかみんな違う人々に言われて、みんなおもしろい形容詞するね、って言うと、「普段こんなこといわないよ。あっ言わせちゃう雰囲気があるんだね!納得!」みたいなフィードバックをもらう。

 

ふわふわしてるね、ってよく言われるから、ふわふわってなんだ!って思ってキリッとしようとしてたけど、わたしの中の最大限のキリッと!をしててもふわふわしてる、と言われガックリくるからもうふわふわを受け入れるのでした。背筋はのばしていたい。オーストラリアでヨガをしたい。

 

毎瞬毎瞬オーマイガーしてる。自分に🤮

けど別に嫌いじゃないから終わってる😇

 

先週の土日を経てからより一層、毎瞬毎瞬オーマイガーのかわりに内側の幸せをじんわり浸るをやっている。が、1日後、それすらもどちらでもよくなってしまった。

 

あっ、タイトルのこと、かけなかった。

あと、おかしなことが起きた一番のきっかけのこと、かけなかった。

次、丁寧に書きます。

 

 

世界

ちょっとこちらとあちらを一旦共有してみることにしてみた。

 

そしてもう自分にフォーカスするのは

ちょっとおやすみ。

いつも、ぐるぐるしています。

頭の中にパーテーションをつくりたい。

 

こころとからだが一致してることが、健やかな心身。

 

あ、苦手な銀座有楽町のようなビルだらけのところでのGPS🌀いる場所で自分の向きと磁場が狂いまくる😵🌀

 

予期せぬ未来と波乗りが好きだ。

 

まるごと失敗な可能性をも受け入れてみる

何かを成し遂げようと

欲しいしあわせを手に入れようと

なりたい理想な人生や生き方を生きようと

 

こう、いろいろ気負うから

体にも心にも力みが入るんだなー

 

今回のこのわたしの人生、今世は「まるごと失敗!」でもいっかー🤷🏻‍♀️

な感覚が降ってきた。

 

ふといろんな気負いが地面におっこちるようにワサーッと落ちた。頭から、肩から、体から。

 

なんてふとっぱら!

父と母

父は稼ぐ能力はあったが人間関係てんでだめで、

子供4人も作ったあげく、

子育てにも家族にも興味なく、信頼してるのはお金だけ。青い冷たい血なんじゃないかと幼心に思うこと多々あったが、一緒に工作とかしてくれる時間は楽しかったかすかな記憶。

プライドと見栄と寡黙で固めた自分の中に閉じこもり、ときおり激昂しては相手が子供だろうが摑みかかり器の小ささを持ち合わせていた。

父が原因でわたしが大量出血をともなう怪我をしたときも、パニックになりながら叫んだことばは「俺は悪くない!」で意識の朦朧とした幼心に呆れた。動転しつつも母が救急車を呼び、来るまでの間止血をしてくれた。

わたしが高校のとある日、父は消えた😨

養育費も生活費も退職金も自分だけのものにするのを最優先にして。。。

とにかくケチで、逃げたあともお金に関しては自分が得ることだけしか頭にないようで、さまざまなことをゴネにゴネ、実に10年くらい駄々をこねていた。

 

人間関係の豊かさや、義理人情、愛情の受け渡しを知らない(というか振れる袖がなかった)人だった。

 

母は、情緒不安定の時期が多くて

支配者、被害者、尋問者、監視、依存、過干渉そのときどきによってキャラと様相を変え、不安定な感情を自覚することはなく理性の通じない感情に自身が支配されてて、子供の我が身としては常に混乱がつきまとい、大変だった😵💦

喜ぶと怒られ、女性になれば嫉妬され、自分がカツカツだから守りたい子供たちからエネルギーうばっては、育ててやってるんだ!と、どうしようもできないところで鬱になりながらも死にものぐるいにやっていた。けどほんと、身近でそんな毎日は死ぬかと思った。というか、メンタル面で一回死んだ。どっちが先かは知らないが、父よ、逃げて正解。なんでひとりで逃げたのさ、ずるいよ、と兄弟一同がまんした。

情緒面は非常に大変だったけど、実生活ではお金の面も全て、不自由なく育ててくれた。

父より収入も保証もないのに。(でも堅実な薬剤師!)

そこには実際、母方の祖父母の存在が大きかった。遠隔的に育ててもらっていた。住む場所(とても大きい!)、教育、大人になってからこそ知ることたち。

 

大人になってから、というかついこの間、2人にやり残したことや、今まで重きを置いてきたことや価値観を聞いたら、

父は「自己開示、自分の愉しみを生きること、家族同一の生活。単身赴任しないでいい生活をやればよかった(やり残したこと)」だという。

母は「家族(子供)が一番大事、自分の気持ちに正直に、けど自分の気持ちは自分でもなかなかわからないものよ。やり残したことはないわ、まだ生きてるもの」とのこと。

もちろん2人とももう子育ても伴侶ともフルタイムな仕事からも手離れ、それぞれの人生でそれなりに各々の喜びとともに不自由なく生きている。

 

そんな2人に質問をして、なるほどね、と、今自分が生きる、担う部分にどこか納得するのであった。

 

相反するように、自分の祖母と祖父のモデルはとても好きで、最後まで寄り添い、力強く、生命力にあふれ。お金も、旅先も、戦争も、バイタリティも。

もちろん孫世代への愛情は、なんのしがらみもなく愛があり、

ありがたく思っている。

 

まあ実父実母含め全部なんだけど...

 

生まれながらにそんなバトンを受け取って、

選んできたこの場所で。

 

わたしはわたしの思う自分を生きるのみ。

変な話、そんな場で生きてきた自分は、死んだ兄や幼少期からのエネルギーのやりとりというか、その場に確実にある「ムード」の寒暖を体感してきたことで、目に見えない部分の勘というかことばではなんとも説明しがたい、霊性のようなノンバーバルな感覚がいつしか養われる流れになってた。と、最近よく思う。

 

と、なんとなくねれない夜の徒然草

あしたもしごとなのに、、、、、、

 

とりあえず今の今の自分のひとりぐらしの時間は、まあまあ最高である。

 

最近は、奇しくも自分の子供の頃に戻る旅が続き、

もう溶けてたと思っていた、母父への握りしめていた様々な残りカス的なものも更に融解していき、

ただ自分の好きな道、選んでいいこと、決めていいこと、楽しむこと

喜びの道、自分であること、

ともに生きていきたい人は誰か、

荷物を捨ててそちらにフォーカスがさだまって新しい断捨離と生まれ変わった生がはじまっていく感覚である。

 

祖父

 

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人との密度

2017.11

去年の暮れ、仕事の形式がフリーランスからまた週5の正社員勤務となった。

 

一度フリーのような生活を経験したからこそ思うストレスや逆に安心感は実感としてとてもさまざまで、

今はどちらものよいところを自分の体や生活にフィットする形で取り入れていけないかと試行錯誤している。

そこにある「当たり前」は、一度外に出ると、当たり前じゃない。

 

—-

 

人との密度はおもしろくて、

そこにも寄せては引き、波打つような、

人と人との繋がりにも、なんというか「旬」みたいなものがある。

長年の友達間にも、新しくできた交友関係にも。

最近は、そんな感覚を密にシェアできる友人と

コンタクトしあっている時間に本当に助けられている。

 

—-

 

わたしの持つ感覚は、多くの人からしたら
「なにを甘えたばかげたことを」と言われるのだろう。
それをそのままただ、わかるよ、と言ってくれる人が1人でもいてくれたなら。

 

ひとりで踏ん張りつくりあげた肯定力は、

何倍の威力を増す。

 

でもこれから多分、今の自分が持ってる感覚を軸に生きる人がきっと増えていく。

 

 

—-

 

「あのときはちょっと、連絡とりすぎてたよね」「会いすぎてた」「密すぎた」

とか言われる瞬間も今までの中多々あり、さびしがりやのわたしは、「しすぎてたなんて!(あれがイレギュラーだなんて!)そんなん言わないでよ。そんなこと言われるとさびしいよ!!!」
と、よく思っていた。

でもそのときのお互いに思うおかしなくらいのその時間、そのときの人とほんとにびっくりするくらい自分の何一つ隠さない今を共有すること。

そのときの密度がそのときの瞬間、各々に必要な時間なのだと思う。

それはまるで、リアルな小説のようなストーリーをリアルタイムに共有してる、ストーリーテラー的な役割を含有してる瞬間だったりする。どっちがどっちかはわからないけど。(ドラマチックはいらないよ!もう!求めてないのに!日常にまさるものはない。)

他者が、そのときのわたしを、知ってることがまるで何かの意味を持つかのように。

そのときその瞬間、知り合う時間を引き合わされる。

 

——

 

仕事のやり方も変われば、そこに関わる人々との密度もかわる。

恋人がいるかいないかでの面でも、その密度はかわる。

誰にも何にも報告せずとも、それらはふしぎなことにふしぎなながれをみなが無意識のうちに読んで変わっていくのだ。

 

—-

 

でも繋がるところは繋がる。

なぜだろう。

寄せては引き、密度が高まれば分散し、

けど、

 

「げんき?」

「げんきだよ!」

 

「ふと思い出したの!げんき?」

「ぜんぜん!」

 

「こんな本を読んだ」

「こんな気づきがあったよ」

「こんなサインをみつけたよ」

 

—-

 

そんな感じでコンタクトがまたはじまり、またその時しかない瞬間たちを、ずっと紡いでいく

 

—-

 

わたしはやはり、オーストラリアにいくらしい

 

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全部夢の中

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頭の中にあふれてる

言葉が出てこない時期。

 

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わたしの中の分裂している部分が。

歩いてるとき、話してるとき、笑ってるとき

ここはどこだろうかと

思わず泣けてくる

 

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おくそこのさけびー!!!

あんな経験したらそりゃ病むわ!!!!!

 

 

、、、、と、

いろんな人の心も代弁した上でさけびたーーーーい!

 

ということで、病めるときも、もう自分にオッケーしてバツしないでおりましょう。

 

おもいっきり病んでください😇

おもいっきり病むのオッケーできたら、

そもそものその大元になった経験も、はいはい👋バイバイ👋、ってゆるませられるから。

 

そんな経験したらそりゃ病みますよ!

闇見ますよ、歓び愉しみ見つける方が難しくもなりますよ。

そりゃそーだわ!!!

 

と、心の底から認めたらね、

知らないうちに

どっかいく。

 

あー、辛かった!苦しかった!おかしかった!いやだった!そんな経験たち、その時はその世界が全てだったから仕方ないよね。

全部認めきったらもう手の内からはなれてる😎👋