itomanoma

7年半の会社員を辞め、31歳単独フリータイムの心の変化を記録します。暇(itoma)の間(ma)?

6月の山9合目。

だいぶだいぶ乗り越えた!!

肩の重荷がうそのよう。🤥むしろ二個前の自分の感覚もう今実感しろ!といわれてもできない。

わたしはニワトリか。

負荷ってなくなるとものたりなくなるのよね。

適度なストレスは何かを成し遂げるには必要みたいです。長期的なのはご勘弁を。

いちばんの山の5Pにわたる誌面構成とトータル16Pくらいのページものと、イラストの仕事の9割型がどれもオッケーでた。あとはいろんな調節やデータ作業的なこと。それもまあそれなりに時間かかるけど。

暗いうちに起きて明日の昼までにあらかた片付けて、明日一日使ってこまごまとしたことを終わらせて気持ちよく週末へ向かいたい。あそぶど!!!

肩の荷が降りたスッキリ感が文面にも顕著である。 前の投稿の長いグズグズ感といったら。。 長いトンネルの長さのわからぬ最中に書いた視点と、出口の光が広がってきた視点ポイントの違い。

自分の「すき」は、創造のエネルギー。わたしは弱い。けどときに弱さすら自分の武器になる。

今日は全然仕事できなかった。

今日本当はたくさん進めなきゃいけない日で

今日やらなきゃ苦しいこともたくさんあったんだけど、

できなかった。体が心が、休んで〜って叫んでた。

友達が仕事終わりに今の地元に飲みに来た。

 

わたし、一番のクリエイションは、いまいる自分の現実だと思ってます。思うようになりました。

 

創造って、実は別にクリエイティブな環境にいなくても

みんなすべからくもうしていることです。

思ったことが自分の現実に現れています。

 

不安、焦り、支配、強要

そういうところを原動力にして何かをするのは

今にいると思っていてもそれはまやかしの今らしい。今もどき笑

 

私は本当に弱くていつもだめで、すぐぐるぐるしちゃうし。悲しくなったら悲しみから抜け出すのにもたくさん時間かかってしまうし。

できないことの方が圧倒的に多くて

笑いたいのに笑えないことも多くて

大打撃受ける経験あるとうわーんってすぐ鬱っぽくすぐなっちゃうし。けどたちあがるけどそりゃもちろん。

だけどまあもうそれでもいいのかなーと。

一個の生命体としての個体としてもなんか弱くて(弱いこぶりっ子したいわけじゃないんだよ)ストレスは自分で意識する前にいつも先に体が教えてくれる。(ことばに弱いもんで。先に体が教えてくれる。。)

一般からしたら体が小さいのもアレルギー体質なのもお酒分解できないのも、免疫力弱るとすぐダウンするのと、いっぱい寝ないとチャージできないのも。

いろいろ体が不調を訴えてくるのも大事なメッセージ。

そもそも一個の生命体の目で見た種として強い個体じゃないんだろうなあと本能的に思う。

 

笑いたい時にしか笑えないやーつ、も。

でもまあそれでいいんだ。個性。いつもニコニコ憧れるし練習した時もあるし笑 けど。

頑張って笑ってる時悲しいかなすぐ指摘される。泣きそうな笑顔だよと。

でも表情で嘘つけないから案外結構信頼されてる部分もある笑

でもできない分、うまく笑えてる人たちの下の気持ちわたしからすると絶対見極められないしわかんないし。

あなたのこと知りたいんだからむしろ笑いたくない時笑わないでよ、とすら思う。

 

けど今日友人に言われたのは「あなたは生きるためにそこを身につける必要ないところにいたからそのまんまできっとこれたの!わたしの笑顔は単なる癖で。言ったら笑いたくないときにも笑ってしまい逆にコンプレックス」と。

身に付けたいからできてる友達に聞こうと思ったらそんなひとこと。逆に辛いときでも隠して笑顔に慣れきってることがその子はコンプレックスらしい。

ほう。

 

自分のよいところは結局いつでも前を向いて進むとこ。

思い込む時は予防線なんて貼らず信じてとことん思い込むから、

その分傷つく時は思い切り傷つくこと。

自分がポジティブだって感じたことはないけど、前向きは自覚ある。

失敗からも学ぶ。ミスからは苦手を学ぶ。できないことからは頼む部分を知る。

今見てる目線がいつも自分の前だと思ってるから多分自分には前しかない。

後ろ見たらそこがその時の自分の前になるし。

後ろに歩む感覚ない。見た先が前。あとずさりはある。

 

世界旅行に行こうとした時、

わたしにウィンドブレーカーやら旅に必要な装備やらをいっぱい買い与えてくれて「行ってこ〜い(ゆるい)」をくれたお父さんみたいな人が現れた。イスラエルからやってきた人。心のあったかい本当に私を娘のように扱ってくれた人でした。元気だろうか定期的に気持ちを馳せる。実父より先に手料理をふるまった若かりし頃。

 

会社辞めた時、

「自由か。じゃあ手伝って!」と大きな信頼をもたせてわたしの制作部分もいっぱいひきあげてくれる先輩が現れた。

ヘッドピンというか、その方と仕事してるならあいつ使えるよ、との口コミから舞い込んできたまた別の分野で信頼おける先輩からの仕事も舞い込んできた。

 

かなしいとき、

心を軽くしてくれる友人もその都度その都度おかしなくらい存在してくれた。ありがとう。

友人との繋がりは気にかけあうかけがえのない存在として力強く増す一方。つぶれそうなときはとくにそのありがたさを改めて実感する。

 

新しい行動したいとき、

なぜだかわりとその後押しとお手伝いをしてくれる人、その都度その都度現れた。自分が決めてからだけどね。

自分の行動エネルギーにつながるとても大切な存在。

相手はそんなつもりないだろうけどそんな人がいてくれたからこそ実は動けた自分をつくれた実感。これは本当にすごくて、「自分でやれよ」というアドバイスを行動でしてくれる存在。「あなたを助けるよ」より、「あんたの自分でやれる力をひきだすよ」というもっともっと高いレベルの存在です。

「お前は本当はもっとできる力を持ってるんだよ」を教えてくれる存在。

 

 

で、こないだ、わたしの弱みもがんばりも、私の個性も情熱も成長も長年かけて全て見てくれてる同じ仕事の先輩に言われたことは多分またこの先一生忘れることはないんだろうというひとことだった。いつもわたしはその都度誰かがいたから頑張れた、成長できた、やってこれた、引き出してもらってたからこそできたんです、というと。

 

「でもね、それはそもそもはお前が創り出してるんだよ。誰かからもらったからできたのそのエネルギーも実はもともとお前が持ってるからこそなんだよ。だからできたんだよ。相手はその内在してる力をひきだしてくれたきっかけに過ぎないよ。そのときも今も。だからまあ結局のところはいつでももっと幸せにいてくれる姿を見せてくれるのがいちばんのこちらの幸せなんだよ!(親か!)」と。

 

「あのね、つらいことがあるときでも悲しい顔しなきゃいけないなんてことなく関係なく楽しいことしていいんだよ。」

これはものすごく落ち込んでた時9年前くらいに言われたことかな。

それも忘れられない。

メンターなのかはわからんが、

でも、そんな師とことばに巡り会えたことすら自分の創造の一部なのだそうです。

んー奢ってるわけじゃないんです、わかるかな。

 

その先輩に限らず

あの人も、あの人の忘れられないあの一言も

あの出会いも、あの経験も。自分に影響を与えてくれた存在。

自分を変えてくれた存在。自分の行動力にエネルギーを与えてくれた存在。

そんな周りの人々たちを。

今は会えない人もいるけどそれを自分の人生の中に創り出した自分。

そんな人たちとの時間を過ごしてくれた相手に対する感謝は尽きません。

 

でもそんな今までの本当に大事な出会い一つすら偶発的でも必然的でも

自分の世界の実は自分の「創造」の中の一つなのだと思います。

 

創造してない人はもうすでに存在しないのだろうと思う。

けど、やっぱり素敵なセンスは大事で。

それにはこれが好き!これは嫌い!これはかっこいいよね、これは超ダサい!という好みが存在するから。モノサシは完璧個人の感覚だけど。

ださい・センスいい・すき・きらい・本質・薄っぺら・純度・濁り。

多分自分もセンスは悪くない方だと思ってるんだけど、でもまあそれすらも自分の物差しだから私のこだわるとこどうでもいい人いっぱいいるはず。

けどやっぱ自分が好きなもの作りたい。

そんでせっかくするならセンスの良い失敗いっぱいしていこうー!と思ってる。

たくさん失敗も大事だね。

 

やっぱわたしは制作側なんだなーと今日話してた友人との違いを実感しておもった。でももう仕事でやるのはつかれてきてるなー。

けどこの創造を、仕事の枠だけじゃ物足りないんだとも最近実感している。

むしろ仕事じゃないとこでぐんぐん使っていきたい欲。んーことばじゃうまくいえないな。

もうがんばらない。がんばりたくない。

笑え・笑え・笑え。心の底からのやつ。

 

んーつかれた笑

吐きどころとしての乱文のままの羅列。

少し弱ってるのかもしれません

闇が見たくて光が存在する。大きな光があるほど大きな闇に遭遇する。

闇の部分も取り入れていこうと思います。

 

きっとわたし、こわいもの見たさみたいな好奇心が強いタイプなのかもしれないわ😎という自分を知りました。やけどは嫌よ、ほどほどにね。と、自分に思う。

光を知りたいし闇を知りたいし。

人情の中にいるし反面裏切りもかいまみたのかもね。

とかなんとか。だいぶ長文でした。

じこまん。

 

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6/25 仕事の大きな山場前でかなり弱り気味の時の記事🙄

けどそういうときしか感じられない、きづくことのない、感覚はたくさんあるよね。喉元過ぎるとほんと思い出そうとしても難しい。

そんな議事録。

6/21 夏至。「欲しいものは手に入ってからが勝負だよ」とは本当によく言ったものだ。いまのこととこれからのこと。仕事のこと。

どこから書こうかな〜。

一年で一番日の長い日。6/21 2017年の夏至を経て、前に進んでこう感がまた増してっている感覚が強い昨日と今日。エネルギーが湧いて少しずつ満ちてきている感じです。

24日は新月。7月を前に自分の中で新たなスタートを切り出しそうな感覚。

 

日常に少しずつ変化を求める時は、今まで少しずつやってきた事柄の負荷にも慣れ・良い部分は「いまの当たり前」というふうにいつのまにか消化され、自分が苦手だと思う部分やしんどいと感じる部分が見えはじめ、その上でまた前に進もうとしているときだと思います。

変化しようとして以前行動した事柄が気づけば当たり前の感覚になっていることは進んでいる証拠です。

いつの間にか日常になって、ときおり意識しないと埋もれてしまうので当たり前にできている部分はその昔欲してたことなんだよとありがたく再確認します。

 

6月は忙しくて、私用と仕事進行のすり合わせで、夜中の零時に打ち合わせをして(もちろんそれまでに打ち合わせに必要な分の制作を仕上げて)そのまま寝ずに私用のフライトで成田に行くというなかなか無茶苦茶な進行を経なければいけない日もありました。

 

今の生活は、自由な分、もちろん規律も調整も休みも自律も金勘定も自分でしないといけないのですが、相手がいることに関しては、当然自分だけでコントロールできる部分とできない部分はあり、自由という部分を手にしている反面、自分という個にのしかかってくる責任と信頼という大変さは常にあります。仕事じゃ特に。

「正直こんな無茶苦茶な時間軸の仕事はいやー!今回のこれを最後にしよう〜!!」

と思いながらひとまず無事乗り越えられました。

乗り越える前はプレッシャーやら時間との戦いやら制作物の内容やらでヒヤヒヤお腹が痛くなるけど、その瞬間をひとつひとつ乗り越えたあとは、ふわりと自分への信頼感と自信がほんのちょっとだけ積みあがっていることをいつも実感します。

そして相手との信頼関係も多分お互いにほんのちょっと積みあがっています。

大変でもういやだ!の裏にはきちんと感謝もあり(お互いの都合をすり合わせた上での時間であること、時間を取ってもらってること)相手側もその理解もあり、そうやって担う部分を二人三脚です。

人と人との関係で一番重要なことは「敬意」と「違いをふまえた上でのお互いの歩み寄り」だと本当に実感します。年齢性別関係ない。あるのは個体としてのソレです。

これは仕事もプライベートも恋愛も友人関係もぜーーんぶ同じ。

 

 

新しい生活をしてはや半年。

「やーよく続いてるよ!」と感嘆されますが正直自分が一番感嘆しています。

よくやってるなぁ〜 よくやったよくやった。

 

けどその中で生活の中で色々変えたい部分や、ここは自分的にツライな部分。

ここはもうちょっと楽してもいいな、な部分。

あとここはちょっとアクセル強めに踏んで進めたい部分を進めるぞ!的なエネルギーも1mm1mmずつまた満ちてきたので今月の仕事たちがひと段落した夏以降もっと変えていこうと思います。

変えていこうっていうか、こっちかなを見据えた自分の舵とりしてる感じだなあ。

 

今までを思い返すとそんなとき、

いつも応援してくれる人やポイッと手助けしてくれる人が現れてくれていたな、と。

信じて悠々と大きい帆を張りたいものです。

船は小さくても(だからよく揺れるんだ苦笑)

 

荷物をボコボコ落っことしながら太陽の下

どんぶらこ、どんぶらこ。

 

会社員やめてからの生活の記録というコンセプトも毎日の生活の中変わってきたのでこのブログのコンセプトも変える頃だなと思うこの頃。

 

The home should be the treasure chest of living.

you are doing well.

人生は自分という個体の特性を使っての実験の連続だとつくづくと。

 

そんでもって今月のゴールまでの道はまだ続いているのでもうひとがんばり。

(腹の声:あーもーやりたくなーいいにーげだーしたーーいけどにげだしたとこにたのしさもなーーーーいのーーもよくしってるーーー笑)

 

7月以降は負荷をおろしまくって爆発したい。

そんな欲が高まっています!!

 

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追記 21:30

今日の分終わったからおつかれびーーーる😋

植物が好き。

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ベランダの紫蘇がすくすくモサモサ育っている。紫蘇もバジルも大好きなハーブです。

今小さなベランダにあるのはシソとバジルとローズマリー

まずはいくらでも育つ手のかからないやつから。

今日は出かけたついでにユーカリと小さな花弁のたくさんある品種のアジサイと、名前聞いたけど忘れた、下向いたすずらんのような花を大きくして薄紫色にした切花を買って帰った。お花と植物が大好きです。

 

枯れるから美しいし、

生けて枯れる前にドライにして楽しみたい。

ガーベラは生花の時期も短く、ドライキープもできずハラハラと落ちすぎてダメだった。

あとなんか同じようなアレしたお花もあったけど名前忘れた🙄

 

ドライ初心者かもしれないけど、

ユーカリミモザスターチス(安いし色とりどりで今は玄関にたくさんだよ!)、なんか南国系のやつ、アジサイ、そんくらいの知識だけど全部トライしてみて個性を知ればよいとも思う(^^)

 

香りのある生活は大好きで、ルームフレグランスを部屋の中に放出してたときもあったけど、

香りの強い花を部屋の中に生けている方がその効果は絶大。

 

科学的なフレグランスにうん千円なら、お花に1000円で感じる感覚の方がものすごくよいよ。

いまわたしの小さなワンルームユーカリの香りが充満しています。

香りの強い植物を知るきっかけにもなります(^^) あー、この香り!わあーフワッ!

 

ユリ、カサブランカ、羽衣ジャスミンユーカリバラもまあそうかな〜。好きな匂い強すぎる香りも一度受け入れてから自分に合うかあわぬかわかります。みんなが季節でよく知るあれはキンモクセイとか

 

ベランダの紫蘇がモサモサモサモサ育っていて今日は蕎麦につんだ紫蘇の千切りと生姜とわさびで楽しみました。

青々としてるバジルをどうにかおいしく食べたいなー。ベランダ緑をもっともっと増やしていくんだ♡

 

ユーカリも木で育て入れたら一番いいかなと思ったんだけど。育てやすさも大事な要素で。

木で何かやるなら今はオリーブの木を迎えいれようとしています。

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2017.5.30

5月が終わります。

毎年、本格的な夏前で梅雨前の「初夏」というこの季節が一番大好きな季節。

 

目を開けてても今自分が目を開けてるのかどうかすらわからない、

真っ暗な真っ暗な暗闇。そんなものを身近な人の心の中に垣間見たのははじめてで、

それはそれは衝撃的な気分を知りました。

 

不思議と自分が調子の良い時はきっと多分調子が良くて、

調子の悪い時はきっと多分調子の悪い。

光と闇の分担作業もしていて、

一生の中ではただの瞬間的な月日に混ざり合って、

お互い無い部分をショックとともに知って

取り入れてみようかと、自分の中にバランス(中庸)を取っていく。

にこやかな顔と堂々とした態度のもとに取り繕った

真っ黒で泥のようなヘドロのような重い重いタールのような黒いものを

頭の上からドバッと浴びせられたような実感のあの感覚が。

そんな全く理解ができないものを消化するのもだけど、

でもその世界の中にもどこかにきっと光はあればいいのにと願う。

 

希望と信じたい気持ちときっとそうだといいなとの思いをこめてもそう思うんだけど。

そんなにきれいごとばかりでもきっとないんだろうとも、

どこかなにか自分の半分?というかかたわれというか

そんな雰囲気を持つものとしては実感する。

 

直島にあるジェームズタレルの作品で、

暗闇の中の目の錯覚を利用した屋内空間をまるごと作品にした空間。

真っ暗で真っ暗で本当の真っ暗闇で、前も後ろも距離も何にもわかんない空間に、

しばらくいるとふわっと見えてくる世界が現れる。

ほんのちょっとの少しの光を頼りに、暗闇に馴染んで目が慣れてくるとぼわっと見えてくる。

真っ暗闇の中に見えてくる世界。

 

とにもかくにも

先日見た映画は、

人生フルーツ。

今の私の興味はここに全部詰まってる。詰まってた。

 

こつこつ、こつこつ、今この瞬間が宝物。

できることはやってみる。自分の手と足でまずはやってみて見えてくる世界がある。

年をとればとるほどに人生は美しくなる。

家は暮らしの宝石箱じゃ無いといけないよ。

 

はて、会社を辞めてもう月日を数えるのもしてない最近ですが。

2年は経ち、いまだどこにも所属せず、肩書きもなく笑、

でもこの現状に私の身近にいてくれて仕事をしたり時間をともにしたり

関係を続けていてくれる人々に感謝の念は本当に尽きません。

家族よりも家族らしい笑

未だ毎日綱渡りのなか生活できているけど。。。

綱をもっと太くできればあわあわしないでルンルン!スキップも織り交ぜながら歩いて行けるのにナー笑

 

もしくは私が綱よりもっともっとちっちゃくちっちゃくなればいいw

 

どこにも所属しないってひとりで働いてお金をかせぐのは。わたしの身の回りの感覚で持つ世界の中ではまだ結構独特な環境であるのは確かで、

しかも結構こもり気質の自分のこの性格の上で笑

先輩、友人、袖振り合う人々、血の繋がっている人々、

ともに生きて、気にかけあいつつ

いい時間をともにすごすことができて心からありがたく思う。

 

「気にかけ合う」ってほんとうにいいな。

 

もちろん働かなきゃいけないのはベースにあるんだけど、

働くと同じくらい「暮らすこと」「家のこと」「食べること」をする時間をやっぱり多く取りたい自分がいて、

この優先順位は高くて、仕事をひとりでやることにはたくさん課題はあるけど

もうちょっと続けていこうと思っている。

でも自分の身ひとつでお金を得る実感もこれは楽しい。

会社員でもらう安心したお給料とはまたちがった別の嬉しい感覚。

仕事の合間に野菜を切るのとコーヒー淹れるのと植物育てるのと花を飾るのと空間を掃除するのが好きだ〜。

派手に遊ぶ余裕は無いけど、お金は今の生活できる分だけあればなんでもいい。

こつこつこつこつこつこつ。

 

写真は先日の大好きな逗子葉山にて。

こころの平穏とホッとする瞬間を数える日々を。

自分にも、みんなにも^^ 

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失敗なんてして当然!!ダサいの上等。

むしろ無理してかっこつけてるほうが30も過ぎるとダサい。

言わないけど大体ばれてるからね笑

だけどセンスは必要。

笑わない時は笑わなくていいし、嬉しい時思いっきり喜べばどちらの時間もすべて尊い

アソビ、余白、グレー、グラデーション、曖昧さ、わからなさ、

できなさ、不甲斐なさ、やるせなさ、もどかしさ、

全部抱きしめていきましょう〜〜!!!!

 

苦手をそのまま発揮します笑

おこられます。おこります。

それがそのままの私だわあ。

そしてわたしの苦手を理解してくれる人間関係はありがたいし、あたたかいし優しいです。

でもやりたいことは自分の手と足でやってきます。

自分がまいったときほど、自分以外の人に優しくしたいです。

なんにもあげれないときはせめてあったかい言葉を。

つらくてつかれて余裕がなくて重い空気のときはごめんなさい。

 

なんでも自分でやってからこそ見えてくる世界がある、からまずはやる。

けど、なーーーんにもできない自分でもいいんだよ笑

 

なにかできてもできなくてもどっちも同じ尊い価値があることには変わらない。

 

ものづくりと、暮らしと生活にまつわることと、

生きること食べること暮らす空間に直結することに興味があって、

素材はエイジングしていくものが好きです。(鉄、革、木)

音楽はゆるいBPMの、ダブっぽかったり裏打ちのリズムだったり

オケのように楽器をふんだんに使ったスカだったりロカビリーだったり

ジャズだったり生の息づかいを感じるものが好きです。

 

わたしにとって一番大事なのはただこの何も変哲の無い「日常」で、

たまの刺激としてときおり遠くにいって違う空気違う景色違う光違う距離感を

味わえたらそれはさいこう。

 

南の海にまた行きたいものです。 

来月は桜の木を素材にものを作ります。

楽しみです。

上海蟹食べたい。小籠包じゃ足りない。

これからやらなくっちゃいけないことは、身ひとつながらやっぱりお金を稼ぐこと、月末なのに今日さぼった事務処理あしたやること。今月はなんとか乗り切れそうだ!な、毎日だけどまあそれでも良いか。と日々肯定すること。

 

タイトルは、くるりの最近わりかしずっと好きな新曲です。特に深い意味はありませんw

 

https://m.youtube.com/watch?v=NyddMMiViZc

やりたくないことをやめつづけること、実験。

いま、わたし、デザインを仕事にしていることは嫌いだ。

きらいっていうか、デザインというか、

それだけで表現するのはあまりにも大雑把すぎるし広域すぎるので

「仕事でやらなければならぬゼロからの絵作りを9割完成型での複数テイスト違いでの提案を」の部分。ちょっといまことばがうまく思いつかないので

また今度書きなおす。

 

さっき提案できるクオリティのものを3案+バリエーション作って

お客さんに送り終わった。Tシャツのグラフィック仕事でした。

提出しおわったこの瞬間はとても自分を誇らしく思う。だから毎回苦痛の時期を忘れちゃう。

でも今、いや作業に日のつく時間のずっと。

このTシャツの絵作りの仕事を

自分に来る受注だったとしても絵作り仕事の最後にしようと思っていた。

 

もの心ある幼少期の頃。

好きな本を買ってあげるからもっておいで。

そう言われたときに持って行ったものは

だいたい確か「塗り絵」の絵本だった。

 

小学校5-6年生のとき。

ずっと自分の机で水彩の絵を描いていた。何時間も何時間も。

ご飯で呼ばれる、その時間以外はずっと机に向かって

今度はこんなの描いてみたい、こんな色を塗っていたい。そんな実験に没頭してた。

それは本当にご飯を食べるとか友達と会ってるとか以外の時間

ずっとのことで、胸をときめかせて時間をわすれて没頭していた。

イマジネーション。水彩。色塗り。滲み。濁り。滲み具合。大事なライン。

この時間がなくなったらわたしどうしよう、って思ってた。

絵がなくなったらこの費やしてる時間、一体どうするの?

わたしもぬけのからになる。

そのときのわたしがやりたいことはまちがいなく、

「頭の中に浮かんだ絵を水彩着色で時間を忘れて描くこと」だった。

 

中学校ごろのとき。

好きな色塗りは好きな色塗りとしてやっていた。

それはもう心をときめかして。

けど「絵描くの没頭してるのってなんか暗いイメージだしイケてないんじゃ」

思い始めたけど油絵部に入った。

顧問の増爺(あだ名)は会話こそほとんどしないんだけど何故だかよくしてくれて。

部じゃない美術での空想画とかでも98点とかかくれた。(のちに数学は20点とかばかりになる)

さぼるとすぐバレた。

(余談と後日談)そして7年後くらいにわたしは増爺に再度会いに行き、進路の相談をしにいった。

その頃の先生は知らないうちに中学部の部長なっていて、美術が好きだろうにそれだけやってられる仕事でもなくなる立場にいて、美術授業だけでも毎年毎年覚えきれない生徒の数を見ているだろうに、更に中学から成人を越えた女子なんて見た目も雰囲気も別人みたいになってるわたしの訪問に、「あーお前かー」と覚えていてくれてまたそこでいきたい方向の背中を押してくれた。

 

高校の頃のとき。

なんかしら描いていたんだけど、

中学の頃の思春期ナンカイケテナインジャ感発症からあまり描かなくなった。

目にする色使いにときめくことも少なくなったような。

それでも高校を卒業したら桑沢とかバンタンとか美術系専門学校か、無理ならそのまま進学できる大学も美術専攻か、に行きたかった。

けど美術の進路への進学は、「食えない」と、親に禁止された。

 

大学生のとき。

美術の次に興味があるのは語学系くらいかな、

で進学したが、いざ就職活動のときにさしかかったとき

グラフィックデザイナーという職種があることを知って、

「これになろう!!」と決めた。

決めた時、一人暮らししてる自宅で、

となりに週3ぐらいで一緒に遊んでいたあゆみちゃんが

隣でぐうぐう寝てた。今でも覚えてる。

その時頭の中にあるイメージは

「自分の作ったものが渋谷の大型看板飾ってるイメージ」だった。

これならできるかも!と思った気持ちが強かった。(←まだ何も知らない青くささにご愛嬌笑 デザインも広告畑しか知らない頃)

だけどそれは、「これならお金も稼げるしきっと世間的(専門へ行くのを禁止した親にもぐうの音もいわさず)認めてもらえる道だ!」という発見という角度だった。

経験も美術系大学でもないわたしの就活は散々で(ちょっとしかしてないけど大体鼻で笑われて終わるからすぐ答えはでた笑)

マック、イラレ、フォトショ、デッサンを職務技術として短時間で学べるところに1年通うことにした。

 

就職してから。

掃除雑用のアシスタントからはじまり。

1年後くらいにグラフィックデザイナーになった。分野は最初にイメージした広告分野ではなく音楽系のエンタメ関係のいろいろ。

音楽は好きだったからそれは最初からなかなか良い出会いだった。

ただまあ夜はねれなかった、家に帰れなかった、朝は早かった、会社にずっといなきゃいけなかったし、無我夢中で目の当たりにする課題に取り組んでいた。

デザインの引き出しの中でわたしは案外アイデアを出すのが苦痛なタイプなのだと知った。

手を動かしながら、ここをこうしていこうここのいろをこうしていこう、

そしたらこんな感じになっていく。。。いいねいいね。

こんな感覚や色を塗ることが好きなことなんて全く持って忘れていた。

 

9年くらい経った。

ずっと付き合いのあるお客さんもついてくれた。

困った時に手伝って欲しいと依頼してくれる先輩同僚もいる。

最後にいた会社からは戻ってきてくれと2年越しにも言われる。

キャリアといえるものも気づいたらできてた?

会社を辞めフリーランスにもなった。

何の肩書きもないがちょこちょこと依頼も来るので会社辞めても案外ずっとデザインの仕事を継続していた。

「やめたいかも」「もったいないよ」幾度となくそう言われた。

この仕事の内容を知らない友人にほど言われた。

 

さっきTシャツの仕事のデザイン提案を提出した。いま。

 

やっぱ、やめようかなあ。

もうこの感覚でこの仕事をし続けていくこと。

最後のデザイン作りだ。と、おもって提出した。

いつからだろう、

ずっと見ないふりしてきていた。

 

でもいつからか実は、もうわたしは絵造りと仕事の狭間の捨てられて行くあれやこれやの部分をもう全然やりたくなかったんだ。

 

あの時やりたかったことや目指してみたことをずっと続けてきてやってきた。

あの時目指したことへの気持ちには1mmも間違いはない。そして全部実現してきた。

 

今やりたくないことをやめ続けていきたい。

 

Tシャツのデザイン、3案出して、

出し終わったあとの自分はいつも誇りに思う。

この感じ好きだ。本当に自分をねぎらいたいし、自分的完成度が全然ダメでも

「よくやった」と毎回思う。

しかしわたしはアイデア出しからイメージ構想からお客さんに出すものになるものまでなるところまで、は、本当に苦痛だ。

最近それがより一層顕著になってる。

 

 

私は色を塗るのが好きで、

好きなラインで絵を描くのが好きで、

でも心底それができるのは「仕事として」じゃなくて、

だけど「仕事として」得られる誇りやプライドやり方経験も沢山あって。

そしてある意味「仕事だから」あるプレッシャーのおかげで完成させられるビジュアルたち。

イデア出し、構成構想、修正対応、没になるのに作らなければいけないかわいい絵たち。

 

これからはいっこいっこ、

やりたくないことをやめ続けて見ることの

実験をしていこうと思います。

「やりたくないとこはどこか?」細かく細かく細分化してその単位でやめていく。

デザインは好きだ。求められた挿絵を描くのも好きだ。もちろんお客さんとの持ってく先を見据えた仕事としてありき。

オペレーターとして手を動かすのも好きだ。

 

んーわかんない、苦痛なのは、ただ、ただ、仕事で必要な捨てなきゃいけない絵造りをしなきゃいけない部分のストレスと、リクエストの中今わたしができるいいと思ってできたものをただ捨てないでほしいだけなのかも。(デザイナーはお客さんに対して選択肢をつくらないといけない)

 

はて、書いていてまだまだ青くさい自分を実感しました笑